サイエンス

「氷はなぜ滑りやすいのか?」という謎に新たな仮説


スケートリンクの上を優雅に滑ることができるのは、氷の表面が薄い水膜で覆われているためです。科学者たちはこの潤滑作用を持つ液体状の層が氷を滑りやすくしていると考えていますが、なぜこの層が形成されるかについては意見が分かれています。これまでに提唱された仮説と、2025年8月に提唱された新たな仮説について、科学系メディアのQuanta Magazineが解説しています。

Why Is Ice Slippery? A New Hypothesis Slides Into the Chat. | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/why-is-ice-slippery-a-new-hypothesis-slides-into-the-chat-20251208/

Cold Self-Lubrication of Sliding Ice | Phys. Rev. Lett.
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/1plj-7p4z

氷がなぜ滑りやすいかについて、3つの主要な理論が過去2世紀にわたり議論されてきました。


1つ目の仮説は圧力説です。1800年代半ば、イギリスの技術者ジェームズ・トムソンは、人が氷を踏むと加えた圧力によって表面が溶け、滑りやすくなると提唱しました。通常、氷は摂氏0度で溶けますが、圧力は融点を下げるため、より低い温度でも表面に水層が形成される可能性があるということです。

しかし1930年代、ケンブリッジ大学物理化学研究所のフランク・P・ボーデンとT・P・ヒューズは圧力融解説に疑問を呈しました。彼らは計算により、平均的なスキーヤーが加える圧力は氷の融点を大きく変えるにはあまりにも小さすぎ、仮に変化させるにはスキーヤーの体重が数千キログラムに達する必要があるという結果を導き出しました。

2つ目の仮説が摩擦説です。先述のボーデンとヒューズは、圧力の代わりに「物体との摩擦で生じる熱により融解する」と提唱しました。彼らは実験を行い、熱を吸収しやすい材料が氷を擦ると氷を溶かすための熱が減少するため、滑りにくくなると結論付け、摩擦による融解が氷の滑りやすさの原因であるという理論の根拠としました。

ところが、実際は摩擦熱が発生する前から、つまり氷の上に直立している状態から滑り始めるため、多くの科学者は2人の仮説に異議を唱えているそうです。アムステルダム大学のダニエル・ボン氏の研究グループは、金属片を異なる速度で回転させてスケートリンクに当てるという実験を行い、滑りやすさが速度に依存しないことを発見。摩擦熱は速度とともに増加するはずなので、この結果は摩擦熱が氷を滑りやすくする要因ではないことを示唆しています。


3つ目は、氷の表面は接触する前からすでにぬれているという事前融解説です。1842年、イギリスの科学者マイケル・ファラデーは、接触した2つの氷が互いに凍りつき、温かい手さえも氷に貼り付くことがある現象を観察しました。ファラデーはこの現象について「氷の露出面に存在する薄い事前融解層が再び凍るため」と説明しましたが、ファラデーはこの現象の理由を解明できず、チャールズ・ガーニーやヴォルデマー・ヴァイルといった他の科学者が発生メカニズムを提唱するまで約1世紀を要しました。

この説では、氷の表面付近の分子が氷の深部にある分子とは異なる挙動を示していると説明されています。氷は結晶体であり、各水分子は周期的な格子構造に固定されていますが、表面では水分子は結合する隣接分子が少なく、固体氷中よりも動きの自由度が高いため、スケート靴やスキー板、靴によって分子が容易に押し出されることになるそうです。

マドリード・コンプルテンセ大学の物理学者ルイス・マクダウェル氏らは、氷の滑りやすさを説明する3つの仮説のうちどれが最も妥当かをシミュレーションを用いて検証しました。シミュレーションでは、事前融解説が予測する通り氷の表面に分子数個分の液体状層が確かに形成されることが確認されたほか、重い物体が氷上を滑るシミュレーションでは圧力説と一致して層が厚くなりました。最後に摩擦熱を検証したところ、氷の融点付近では融解層が既に厚いため、摩擦熱の影響は顕著でなかったことが判明しましたが、低温では物体が熱を発生させ、氷を溶かして層を厚くしていたことが分かっています。このことから、マクダウェル氏らは「3つの仮説は全て、程度の差こそあれ同時に作用している」と結論づけています。


2025年、ドイツ・ザールラント大学のアクラフ・アティラ氏らが、主流の3理論すべてに対する反論を提示しました。第一に、圧力が氷表面を溶かすほど高くなるには物体と氷の接触面積が非現実的なほど小さい必要があること、第二に、現実的な速度で移動するスキーの場合、摩擦によって発生する熱量は融解を引き起こすには不十分であること、第三に、極低温では事前に融解した層が存在しないにもかかわらず、氷は依然として滑りやすいこと、という反論でした。

先行研究において、2つのダイヤモンドが滑りあうと表面の原子の結合が解かれ、移動し、新たな結合を形成するという動きが確認されていました。これにより表面には構造を持たない「非晶質」層が形成され、ダイヤモンドの結晶性とは対照的に無秩序で固体というより液体のように振る舞うことが分かっています。

アティラ氏らは、氷でも同様のメカニズムが働くと主張しています。アティラ氏らが氷の表面同士が滑り合うシミュレーションを実施したところ、摩擦が氷の秩序ある結晶格子を機械的に破壊し、滑りが進むにつれて厚みを増す非晶質層を形成することを示したとのこと。研究チームは、融解ではなくこの現象こそが、特に低温下における氷の滑りやすさを説明すると述べています。

この説にはボン氏やマクダウェル氏も一定の理解を示していますが、アティラ氏が滑りやすさは水分子の機械的変位によって引き起こされると考える一方、ボン氏は表面分子の可動性に焦点を当てていて、マクダウェル氏は「非晶質化は高速滑走時のみ発生する」と考えているという違いがあるそうです。

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in サイエンス, Posted by log1p_kr

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