幹細胞を使って歯のエナメル質を再生させることに成功、虫歯の再生技術の実現に期待
歯はエナメル質・象牙質・セメント質からできており、歯茎から露出している歯冠部を覆っているエナメル質は人間の身体組織の中で最も硬い組織の1つです。しかし、このエナメル質は口の中に住み着いているミュータンス菌が糖質を分解して生み出す酸によって簡単に溶かされ、虫歯になってしまいます。従来の虫歯治療は虫歯に冒された部分を削って詰め物で補うしかありませんでしたが、ワシントン大学の研究チームが幹細胞からエナメル質を作り出すことに成功したと報告しており、再生医療による新たな虫歯治療法の確立が期待されます。
Single-cell census of human tooth development enables generation of human enamel - ScienceDirect
https://doi.org/10.1016/j.devcel.2023.07.013
No More Cavities? Organoids Pave the Way for Enamel Regeneration
https://scitechdaily.com/no-more-cavities-organoids-pave-the-way-for-enamel-regeneration/
エナメル質は「エナメル芽細胞」と呼ばれる細胞によって作られます。しかし、このエナメル芽細胞はエナメル質の形成を完了すると死滅してしまうため、虫歯などでエナメル質が損傷しても修復あるいは再生する方法はほぼなく、唾液に含まれるミネラルによって再石灰化するのに頼るしかありません。
そこで、研究チームは細胞の発生のさまざまな段階でどの遺伝子が活性であるかを明らかにする「single-cell combinatorial indexing RNA sequencing(sci-RNA-seq)」という解析技術を採用しました。これは細胞発生のさまざまな段階におけるmRNAの変化から、どの段階でどの遺伝子が活性しているかを明らかにする技術です。未分化の幹細胞が歯を形成する細胞に分化する上でどの段階でどんな遺伝子が活性化するかを調査し、どの遺伝子が活性すればエナメル芽細胞に分化するのかを調査するというわけです。
以下の画像は発育中の歯の断面を撮影したもので、発育の各段階でどの遺伝子が発現しているのかを色で識別しています。
研究チームはsci-RNA-seqの結果から未分化のヒト幹細胞を誘導し、エナメル芽細胞に分化させることに成功。同時に、象牙質を形成する象牙芽細胞の前駆体を初めて特定したと報告しています。
そして、研究チームはこれらの細胞を一緒に誘導することで、「オルガノイド」と呼ばれる小さな多細胞組織の形成に成功しました。このオルガノイドはアメロブラスチン・アメロゲニン・エナメリンという3つのエナメルタンパク質を分泌することが判明しました。そして、これらのエナメルタンパク質が細胞外マトリックスを形成し、エナメル質になるための石灰化プロセスも確認できたとのこと。
研究チームは、天然の歯に匹敵する硬度を持ったエナメル質を形成する、より効率的なプロセスを研究中とのこと。将来的に損傷したエナメル質をこの人工エナメル質で修復する方法を開発したいと考えていると述べています。このプロセスが実用化すれば、虫歯などで溶けたり穴が開いたりしてしまった歯に生体由来の詰め物を作成できるようになる可能性もあり、さらに失われた歯に置き換わる幹細胞由来の歯も作れるようになるかもしれません。
論文の最終著者でワシントン大学幹細胞・再生医学研究所の副所長を務めるハンネレ・ルオホラ=ベイカー教授は「人間のすい臓や腎臓、脳などの大きくて複雑な臓器は、幹細胞から安全に再生するには時間がかかります。一方で、歯ははるかに小さく、それほど複雑ではありません。おそらく簡単に成果を実現できるでしょう。歯を再生成できるまでにはしばらく時間がかかるかもしれませんが、それを実現するために必要な手順は見えてきました。いよいよ『生体由来の詰め物の世紀』が訪れ、一般の人にも利用可能な再生歯科医療が始まるかもしれません」とコメントしています。
・関連記事
「なめるだけで虫歯を治してさらに歯を強くしてくれるトローチ」が開発中 - GIGAZINE
「歯のエナメル質」を再生するゲル状の溶液により既存の虫歯治療に革新が起こる可能性 - GIGAZINE
自動で歯を磨いてくれるマイクロロボットが開発される - GIGAZINE
「歯ぎしり」や「歯の食いしばり」が日常生活に及ぼす影響とは?対策方法も専門家が伝授 - GIGAZINE
「氷をかみ砕くのはNG」と専門家、虫歯のリスクが増大する可能性 - GIGAZINE
・関連コンテンツ